大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和50年(わ)297号 判決

被告人 野田博

昭二七・四・一〇生 農業

主文

被告人を禁錮一年二月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、かねてより自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和四一年春頃てんかんのいわゆる大発作の不全型が発病して以来医師から抗てんかん剤の投与を受けて、毎日これを服用していたものの、しばしば朝や夕方などに身体がけいれんし或は数秒間意識が喪失する発作に襲われてきたもので、その病名につき明確な認識はなかつたものの自己が右の如き病気に罹患していることは熟知していたのであるから、自動車の運転に従事した場合にはその運転中にも右の如き発作が起き安全な運転が不可能になるおそれがあることを予見して自動車の運転に従事することを一切回避し、もつて交通事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負つていたのにこれを怠り、昭和四八年八月二日午後四時四〇分ころ、仙台市鹿野二丁目一一番一七号付近路上において、軽率にも前記危険性を予見することなく普通貨物自動車の運転を開始し、そのまま同市西多賀方面から同市長町方面に向けて時速約五〇キロメートルで運転を継続した過失により、発進してから約三〇〇メートル進行した国道上にさしかかつたときに前記の如き発作的な意識の喪失に襲われ、その際何らの措置もとりえず、自車を道路左側端に向け斜めに約五〇メートル逸走させて同市鹿野二丁目一三番三号付近歩道上に乗り上げ、たまたま同歩道上のバス停留所付近でバスを待つて佇立していた武藤朋之(当時四歳)及び武藤ヒデ子(当時三四歳)に自車前部を衝突させて両名を跳ね飛ばし、よつて、右武藤朋之をして脳挫創により同日午後五時ころ同市長町七丁目九番二〇号伊勢博愛外科医院で死亡させ、かつ武藤ヒデ子に対し加療約一〇ヵ月間を要した頸部捻挫、右下腿挫傷等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人は、本件事故は被告人において、てんかんの発作を起し心神喪失中に惹起せしめたものであるから、責任能力がなかつた旨主張し、本件事故がてんかん発作中に発生したものであることはその主張のとおり認められるが、被告人はすでに認定どおりてんかんの長い病歴を有し、その発作は不定期に間けつ的に起きるものであつたのであつて、このことは被告人自身充分認識していたのであるから、本件運転開始時にも、その運転中発作が起り得ることは当然予見可能であり、かつその予見にしたがつて運転を回避すべきであつたのに、その予見をすることなく本件運転をなしたこと自体に過失が認められるのであるから、その後の発作による心神喪失の点は、本件における責任の存否には何ら影響を及ぼすものではなく、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為はそれぞれ刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の重い業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮一年二月に処し、なお、本件結果の重大性はいうまでもないが、被告人にはスピード違反一件のほか前科前歴なく、既に被害者らに対する賠償が遂げられ、また被告人は本件後その責任の重大さを悟り、自動車の運転をやめ、両親の許に戻つて家業を手伝いながら治療に努めており、再犯の危険は全くないことなど諸般の情状を考慮し、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 野口喜蔵 山崎潮 小池洋吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例